発傍聴席、宛インターネットの深海

良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。(法廷での宣誓文より)

野菜ジュースと、常識と、偏見と、

先日の投稿の続きです。 

blackvalley.hatenablog.com

 追記の形を取ろうかなとも思いましたが、改めて補足します。あんまりにも言葉足らずだったので、ね。

 

僕はいま、毎日のルーティーンを守れるぐらいには体が動き、その体を守るために八方手を尽くしています。対してその昔、毎日を狂気と混乱の中で過ごしていた頃は体も動かず、ストレスで過食に走り、さらには吐けないので脂肪に変わり、なんと20kgも太ったわけです。

そんなある日、連れられていったのはとあるお寺でした。その当時神道に執心していた僕がなぜ……と思ったのですが、どうも徳の高いお坊さんが参拝者に説法をしてくれるとのこと。

それでですよ、得たアドバイスは「運動をしなさい」でした。そりゃそうだ。誰でもわかるわい。高い金を払ってそれ以上のことは聞かされず、お経を唱えて終わりました。まあ、祈祷料と考えれば妥当なのかな……。

 

最近はとかくSNS上で筋トレが啓蒙されていますよね。体を鍛えれば心身ともに健康となるのは至極当たり前のことで、メンタルヘルスでも運動療法なんて立派な言い回しがあるくらいです。

ただそれがゆきすぎて、「筋トレしない者は損してる」だの「うつ病患者は自己努力が足りない」だのと主張が走りすぎるきらいがあります。とても恐ろしい。

だってそうでしょう。生きる気力のない者が筋トレできますか? 経験したり見聞きした中では食事もろくに取れなかったり風呂にも入れなかったり、当たり前の日常生活が送れなくなるんです、心が消耗して。

死に近づく人を止める気もなく、生きる努力を怠ることは人間らしいとさえ思います。野菜ジュースは筋トレです。死を遠ざける選択肢のひとつでしかないのです。

 

以上、なんだかこの前は言いすぎたなと思って書いてみました。

あと今月末締め切りの新人賞に投稿する作品の、助走をつける意味でも書いてます。ここで言ったからにはがんばらなきゃな……はい、がんばります。