発傍聴席、宛インターネットの深海

良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。(法廷での宣誓文より)

老々介護の末、息子はナイフを手に取った(殺人未遂)

 (※本件は実名報道がなされましたが、被告人の社会復帰を鑑み、匿名での内容となります)

  • 事件の概要

 有料介護ホームの個室にて、息子である被告が母親の首をタオルで絞め、母親の「痛い!」という悲鳴を聞きつけた施設職員が制止に入り(よって殺人は未遂に終わる)、被告はしばらくの問答の後、自ら警察署に赴いて自首した事件です。被害者は加療1~2週間を要するケガを負いました。

  • 殺害を決意するまで

 被告は認知症の母を10年以上、献身的に介護していました。途中から施設に入所しましたが、それでもほぼ毎日通い詰め、施設からの電話相談にも丁寧に対応していたそうです。(10回以上は相談したとの証言あり)

しかし、母の認知症は悪化の一途をたどり、興奮状態になると昼夜を問わず息子を呼び出すようになります。このことが被告を疲弊させ、また、施設も適切なカンファレンスを実施しなかったことが被告を追い詰めます。

 「自分がいなくなったら母はどうなるのだろう」自身も高齢であることを踏まえ、被告はぼんやりと母を自分の手にかけることを考え始めます。他人に相談をせず、すべてを自分で抱え込んでしまったことが悲劇を生みました。

ある日、自分を施設に入居させたことを母に非難され、被告は激高します。そして被告は殺害を決意しました。

  • 犯行当日

 事件当日、親子は居室にいました。被告はまず肩たたき棒で被害者を殴打し、タオルで首を絞めます。「痛い!」という悲鳴を聞きつけた施設職員が部屋に入り、制止に入りました。被告が母から離れ、職員が被害者をかばう形になりました。

ここで、騒ぎを聞いて駆けつけた副施設長が加わり、息子の説得を始めます。いつもとは打って変わって表情が怒りに満ち、声の荒々しい被告を「もうやめてください」となだめるも、「こんなやつはもうええんや」「死ねばいい」と吐き捨て、被告は戸棚にあったナイフを手にしました。「これで刺すで」刃先を母に向けます。

「それをしてしまうとすべてが終わってしまいます!」副施設長の必死の説得に、被告はナイフを床に置きます。「もういい。自分で自首しに交番行くから」

さらなる加害行為を防ぐため、副施設長は玄関まで被告と付き添いました。そして、被告は自転車で警察署に向かったのです。

  • 判決と説諭

 「主文、被告人を懲役3年に処する。この裁判が確定した日から5年間、その刑の執行を猶予する」

 廊下まで響き渡る声で裁判長は判決を下しました。私はこの裁判官が個人的に好きです。人を罰する責任の重さが伝わってくる他の傍聴マニアにも人気な方なんですよね。

判決は懲役3年執行猶予5年となりました。

 被告人の情状を最大限に酌量軽減し、執行猶予を最大の5年にしたことで刑期を短くし、バランスを取った形と言えるでしょう。

 説諭としては、「(被告人は)よくがんばったが、決して許される行為ではない。この刑は軽いわけでもない。自分で償いを考えて、これからは他の人、関係者の話もよく聞くように」といった趣旨の内容でした。

  • こぼれ話

 実はこの事件の初公判の日、私は遅れて大阪地裁に到着したため、傍聴席に座れませんでした。すぐに休廷して人が出てきたため、窓からの風景を楽しんでいる人のよさそうなおじいさんに起訴状の内容や罪状認否について尋ねてみました。

快く答えてくださったのでしばらく雑談していたのですが、私の「傍聴にはよく来られるんですか?」という問いに「いや、これが初めてなんですよ」と表情を変えず彼は答えました。あれ、と思っていると、彼は「証人なんですよ」とわずかに笑みを浮かべて教えて下さいました。

しまった、情状証人か! 大変失礼なのですが「ひょっとしてご身内の方ですか?」と口走ってしまい、ええ、と返してくださいました。

本来なら証人に話しかけることなどしてはならないことです。裁判所で見知らぬ人に話しかける際は気をつけましょう……。