今日もまた、傍聴席に座っている。

雑記ブログですが、主に裁判傍聴記・事件現場取材を書いています。

事故の一週間後は修学旅行だった(北村邦啓)(過失運転致死)

(事故のあった大阪市城東区の交差点。見通しがよく、歩行者専用信号機もある) 

(報道は以下の通り)

www.asahi.com

  • 赤信号を無視した老人 

2020年10月13日午後4時13分ごろ、大阪市城東区放出西2-16-14に位置する交差点(横断歩道と信号機あり)にて、普通自動車に乗っていた同区の無職、北村邦啓(79)が赤信号を無視して交差点に進入。青信号に従って自転車で横断歩道を渡っていた小学6年生の男の子(12)と30km/hの速度で衝突し、転倒させたのち車底部で轢過した。男の子は左頭頂骨陥没骨折や両肺挫傷などを負い、肺からの出血が止まらず、搬送先の病院にて翌日、両親の見守る前で死亡が確認された。

男の子が小学校を下校後、遊びに行く最中での事故であった。

  • 楽しみにしていた修学旅行

7歳からサッカーをしていたという被害児童は、事故の一週間後に参加するはずだった志摩スペイン村などへの修学旅行を楽しみにしていた。素直で真っ直ぐで友人の多い男の子であったといい、中学校への進学を待ち望んでいた。

母親の供述調書では、「事故後に友人やその親から〝いい子〟だったと聞き、改めていい子だったと実感した。(謝罪が無いことに対し)保険会社から止められているとはいえ、警察を通して謝罪の言葉を伝えられるはず。厳しい処罰を望む。直接話はできないと思うため代理人を立てる」と話しており、ここで検察官は朗読を割愛しようとしたが、裁判長が代わって続きを読み上げた。当法廷の裁判長は当ブログで何度か紹介している方だ。

続きとして、「仕事を辞めようかと思ったが、周りの支援や亡くなった子がそれを望んでいないと考え、思いとどまった」との供述があった。

被害者側代理人の弁護士も母親の思いを代読し、「直接の謝罪やお参りの申し出も無く、謝罪文も上っ面だけ。許してもらえないことから逃げているのではないか。傷つきたくないのではないか。謝罪文には『保険でつぐないたい』以外に、献花などの他のつぐないのことを書いていない。法廷に加害者や傍聴人がいる中で出廷するのは耐えられない。判例や言い分に左右されない判決を」と悲痛な叫びが紹介された。

  • 加害者家族も気づいた反省の無さ

証人として息子が出廷し、事故後の北村の様子を証言した。

事故後は憔悴しきって食事が取れていなかったが、表情や言葉に反省がみられなかったために、娘(長女)が父を叱りつけ、事故と向き合うようになったという。運転はもうさせないと述べていた。

  • 被告人の言い分 

普段は安全運転でゴールド免許だった北村だが、事故の直前に妻の骨髄性白血病が発覚して、眠れていなかった。ただ、健康状態に過信があり、眠れていない自覚はあったものの、ジムへ通うために車に乗った。

事故現場は毎日通る道であったため、信号機の存在は当然知っていたが、当日は見落としていた。だがそれは、慣れた道だからではないという。また、仏壇に手を合わせたいと語っていたが、方法は考えておらず、献花も、現場に他の花が無くなってから手向けていないと述べていた。男の子の母親が来ていなくてよかった、と思った場面であった。

  • 最悪の最終陳述 

検察側は、被告人の不注意は甚だしく、結果は誠に重大で無謀であった。被害者に過失はまったく無く、考え事で注意が逸れたことは斟酌できないとして、禁錮3年6月を求刑した。

弁護側は、犯行を認めて反省しており、同種の前科前歴は無い。息子のサポートが期待でき、運転免許証を返納したため再犯の可能性は無いとして、執行猶予を求めた。

最終陳述にて、北村は「高齢のため、執行猶予でお願いします」と、おそらく弁護人のアドバイスを忘れたのであろう発言をした。量刑を軽くしてほしいなど、心証を悪くするだけだからだ。

判決は、禁錮3年執行猶予5年であった。 

理由として、信号を守るという極めて基本的な注意義務を怠ったもので、刑事責任は免れない。12歳で命を落とした被害者の無念は察するに余りある。最終陳述での発言は自己保身ともとれ、反省に疑問が残るが、他の対応から一応の反省はうかがえる。よって、量刑は執行猶予を付したが、法律上もっとも長くした。とのことだった。(懲役や禁固刑に執行猶予がつけられるのは3年までで、執行猶予の期間は最長5年であるという意味) 

 

2021年8月現在、元通産省工学技術院院長の飯塚幸三が起こした事故がもっぱら話題だが、今回紹介した事故は発生直後の実名報道のみで、その後は話題になっていない。

場所や被害の程度に違いはあれど、遺族の悲しみは皆一様だと思う。メディアが伝えない悲痛な叫びを今後も取材し続けようと思う。